以下、話の基本的枠組みはジョン・モールデン (John Moulden) の論文に負っていることをお断りする('emigration [song]', The Companion to Irish Traditional Music. Fintan Vallely, ed. Cork, Ireland: Cork University Press, 1999, pp. 368-369)。モールデンさんは移民歌についての単著 (Thousands Are Sailing, 同書の歌を収めた同名のテープもあり、本もテープも Ulstersongs より) があり、伝統歌の「生き字引」的存在として多くの歌い手から信頼されている研究者である。入手困難な歌の録音については彼のやっている Ulstersongs で尋ねるとよいかもしれない。
17 世紀後半以来、アイルランド全土から、あらゆる宗派の人が、ブリテン、ヨーロッパ、カナダ、アメリカ、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドへと移民した。こうした移民の体験が数百という歌 (ほとんどは英語) に反映されている。これを移民歌と称する。ただし、一部にはアイルランド語のものも存する。他の国の音楽についても同様のジャンルは想定しうるが、ここでいうのは、特にアイルランド音楽の一ジャンルとしての移民歌である。
アイルランドの 2000 年間の歴史自体、Milesian に始まる移民の歴史であるという人もあるが、一般には主に 17-18 世紀の第一の移民、19 世紀の第二の移民を考える。ただし、アイルランドの詩の歴史を考えた場合、最も初期から流浪 (exile) のテーマは繰返し現れる。たとえば、既に 6 世紀にコラム・キレ (Colum Cille,ラテン名聖コルンバ) の有名な詩がある ('Robad Mellach, A Meic Mo Dé')。
第一の波についての上記の説明は歴史の通説であり、今日でもそのように語られる。しかし、これはほんの一面に過ぎず、実はスコットランド系でない、生粋のアイルランド人たち (デリー、アントリム、ダウンなどの出身者) や、さらにはヘブリディーズ諸島やマン島の人々も、この第一の波 (1715-1800 頃) の移住に参加した。彼らの子孫は今も米国南部や南西部にいて、アイルランド人であるというアイデンティティーを保持している。したがって、上記のような「20 世紀までにはエスニック・グループではなくなる」という説明は彼らは否定するであろう。こうした南部に住むアイルランド系の人の名字は McCain,O'Hara,McDonnell,McHenry,McCay,Neillson 等々である。南北戦争時の南軍で最も有名な Wheat's Tigers 隊 (ニューオーリンズ) は一人残らずアイルランド系だったという。この情報は、南部のアイルランド系移民について詳しい研究をしている Barra さんが 2000 年 8 月 11 日に Gaeilge-B リストにポストしたものである。その後、私も同じく南部のアイルランド人の子孫であるという人がポストし、別の名字として Neely,Griffin,Ragan を挙げ、著名作家の Flannery O'Connor もそのうちの一人であると指摘している。もう一つの語られざる、そして忘れ去られた歴史は、アイルランドから米国南部へ移住したトラヴェラーの存在である。
アイルランド語には「移民」 (emigration) という中立的なニュアンスの語はもともとないといわれる。辞書を引くと 'imirce' という語があるにはあるけれども。彼らが用いたのはただ、 'deoraí' という語である。国外に追放された人(exile)の意である。この語には寂しさ、悲しさ、悲劇などの暗示的意味がある。ヴィデオ 'Out of Ireland: The Story of Irish Emigration to America' (Shanachie 948, 1995, ISBN 1-56633-169-2)で歴史家 Kerby Miller が語るところである。
移民は行き先について一つの語しか知らなかったといわれる。'An t-Oileán Úr' (The New Island)である。アメリカとかカナダとかの区別は彼らにはついていなかったのである。同名の歌をピーター・ケネディに提供したソース・シンガー Conall Ó Domhnaill の語るところである (Folksongs of Britain and Ireland. Peter Kennedy, ed. Ossian Publications, 1975/1984, p. 121)。彼が後年録音したヴァージョンは CD 'Seoda: Sean-Nóis as Tír Chonaill' (Clo Iar-Chonnachta, CICD 118, 1996)で聴くことができる。
アメリカへ旅立とうとする者に対し、今生の別れとして、死者に対する嘆き (caoineadh) であるかのように通夜を催す。それが「アメリカ (行きとの別れ) の通夜」 (American Wake) である。同じ音符から構成される別れのリール曲が、いよいよ旅立つ者を送り出すときに半分のテンポに落ち、曲想は一変する。陽気なリールが悲しみのリールに変ずるのである。Mick Moloney の見事なリルティングがそれを物語る (上掲ヴィデオ)。
作り手は地元の歌作り、またはプロの書き手である。作られた場所はアイルランドと、一部分は海外。流布の形態はバラッド・シート、ソング・ブック、口承による。'Thousands Are Sailing' や 'The Green Fields of Canada' など今日でも唄われる歌は多い。ただし、一部の歌 (飢饉そのものを唄ったものや公の場では唄いにくいもの) は、歌の数も少ないし、唄われることもめったにない。録音も少ない。
ポピュラー・ソングで移民のテーマが扱われることもある。たとえば、'Good-bye Johnny Dear' (Johnny Patterson) や 'Cutting the Corn in Creeslough' (Percy French) など。移民について現代の視点から新たに作られる歌もある。
移民歌は実際に起こったことよりは、むしろ、人々が 起こったと思いたい 内容を表現する。そのことは割り引くとしても、歌で扱われる内容は移民に関するあらゆる側面を例示するものである。生まれ育った地から離れざるを得なくなった状況、目的地を選んだ要因と信仰上の理由、American Wake (上記参照)、船出の港までの旅、金儲けをたくらむ海運業者や船長による移民の扱われ方、 船上での生活、大西洋横断航海の危険、目的地での歓迎または冷遇、等々。
仕事がなくなったり、重税に苦しんだりでやむを得ずアメリカを目指す歌 ('The Green Fields of America')、行ってはみたものの仕事がなく、幸い帰路の船賃があったのでアイルランドへ帰国したという歌 ('Edward Connors') もある。
1870 年代までに、かつては逃亡 (escape) であった移民が「巣立ち」(growing up) に変容したことを表す歌もある ('Thousands Are Sailing')。移民歌で唄われる航海につきもののイメジは、「棺桶船」(coffin ships)* と称される劣悪な船に押し込まれた人々、 残忍な船長、下劣な船員、襲いかかる海賊といったものである。しかし、ある歌 ('The Shamrock Shore') では最悪のケースでも船酔い程度であり、なかには安全な航海と親切な処遇に対し船長にお礼を述べる歌もある。[* coffin ship という語じたいはジャガイモ飢饉に先立つ 1830 年代の造語で、航海に適しない細長く、船倉の深い船のことを言った; cf. James Joyce, Ulysses, 12.1372 'Twenty thousand of them died in the coffinships'.]
ジャガイモ飢饉 (1845-49) の頃、既に熱病にかかっていた乗客が、おざなりの健康チェックを通り抜けたために、船内に感染が広まるという事態を唄う歌もある ('Erin's Lovely Home')。悪弊の最たるものは、そもそも航海に不向きな小船舶が、監督不行き届きの港を、定員超過の状態で、糧食不足のまま、健康チェックなしに出航する場合であった。
しかし、大きい港 (世紀後半には正式の出航地すべて) を出る場合は規制がしっかりしており、運航もましで、移民乗客の処遇もよかった (とくに定期航路)。難破は唄われるほどには多くなく、海賊につかまることも (ほとんど) なかった。ただし、大飢饉の頃は疾病が多かった。
航海上の大きな危険は逆風であった。通常アメリカまで 6 週間で着くところが、時には 100 日以上かかることもあり、それは乗員乗客の餓死につながった。蒸気船が運航するようになると、所要時間は予測可能になり、食糧も問題なく、航海の危険はうんと減った。
歌は極端な話を強調する傾向 にあるのである。以上のように、モールデンの分析は、唄われる内容と当時の現実とを冷静に比較分析している。
Dolores Keane & John Faulkner の 'Farewell to Éirinn' のようなアルバムには多くの移民歌が収められている。それ以外で、気がついたものを順次、ここに追加する。とくに、アイルランド語のものが見つかればできるかぎり載せる。題名の横は作者と創作年代。作者不詳の場合は trad と表記。作者名につづく角括弧内は出身地と生没年。
Last updated: 24 November 2003